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中学生のためのMandal-Art 入門 7 [企画・思考]

中学生のためのMandal-Art 入門 7
「中学生のためのMandal-Art 入門」はデザイナー今泉浩晃先生が、
全23回にわたってFacebookのiMandalArtサイト・ノートに連載
された記事です。
現在もこのサイトでノート過去記事を遡ればみることができます。
今回、私のブログに転載する許可を得ました。
転載にもしばらく時間がかかりますが、2回分ずつご紹介します。
今回は、入門13・14をご紹介します。
 
中学生のためのMandal-Art入門 13
2011年8月5日 14:23

この世の原理原則というカタチ

この世には「中心」があり、「周辺」がある。
そして、そこに存在するモノにも、「中心」があり「周辺」がある。

言われてみれば、至極ごもっとも、なのだけれど、
ふだん、そんなこと考えていただろうか?

マンダラを眺めてみれば、この「中心」と「周辺」は、
このカタチの、基本の基本だ、と、すぐに分かる。


この中心から周辺へ、周辺から中心へ、という動きは、
膨張と収縮、緊張と弛緩、展開と収斂、という動きだ。

これは、この世の動きの基本であって、
例えば、人体の動きは、すべて「このカタチ」で出来ている。

心臓をはじめとする内蔵の動き、筋肉の動き、は、すべて、
膨張と収縮、緊張と弛緩、なのだ。


「考える」ということの「中心」は、
何が中心で、何が周辺なのか、を知ることだ、と言っていい。

この、中心と周辺を考えることを補佐するのが、あとの3つです。


「階層性」も、マンダラというカタチの大きな特徴です。

マンダラの中心セルと周辺セルは、一階層違っているのです。
中心が一段上の階層で、周辺は、その下の階層なんですね。

それを平面図として、真上から見ているから、気づかなかっただけです。

階層性とは、抽象から具象へという流れで出来上がっていますが、
この階層性があるお陰で、私たちは、
モノゴトを体系づけ、整理していくことが出来るのです。



こうして展開され(具象化され)、収束(抽象化)されて、
階層を上下するマンダラは、
絶えず(マンダラという)「同じカタチ」を「繰返し」ています。

まるで「金太郎飴」のように、どこを切っても(階層を変えても)
同じカタチを繰返すことを、「フラクタル」と言いますが、

この世は、フラクタルで、繰返しで「出来ている」のです。

朝がきて、昼がきて、夜がくる。
そして、また朝がきて、昼が ...... くる。

同じこと(厳密には違いますが)、を繰返して、リズムが生まれてくる。
生命とは、リズムなんですねぇ。
内蔵の動きの、繰返しが無くなったとき、生命は、終わりを迎える。

最後の、「海苔巻構造」、これ、分かりましたか?

マンダラというカタチは、中心と周辺の関係でした。
でも、中心は1つでも、周辺は8つある。
その周辺には、順番があるのか?

基本的には「ない」のです。
この序列のない世界を「ノンリニア」と呼びます。

でも、ときには、順番をつけて、リニアにしたいときがある。
そんなときはどうするか?

マンダラでは、中心セルを 0 として、その下のセルを1、
あとは時計回りに2、3、4、と序列をつけていって、
右下で終わるように、順番をつけよう、と決めてあります。

中心セルから「の」の字を描いてグルッと巻かれていく、
これって、海苔巻きのイメージでしょう?

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この世は、リニアなのか(つまり、序列があるのか)、
それともノンリニアなのか(序列などないのか)、どちらだろうか?

少なくとも、私たちの目には、この世はノンリニアに見える。
すべてが、脈絡なく起き、脈絡なく進行しているとしか見えないですね?

けれども人間は、すべてに「因果関係」を見つけようと、頑張ってきた。

この「海苔巻き構造」は、その頑張りのスガタです。

脈絡なく、ノンリニアに発想したものを眺めながら、
それらのセルを、いろいろ並べ替えてみたりしながら、
リニアなスガタを探し求めるのも、また、思考の1つのカタチです。


この「海苔巻き構造」のスゴサは、
リニアとノンリニアの、両方を表現しているところです。

数字に従って横1列に並べた構造で、

例えば、5から0へ行こうとしたら、途中の4321を経なければならないけれど、
海苔巻構造なら、5から0へも直行出来る!、のです。

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中学生のためのMandal-Art入門 14
2011年8月10日 14:08

中心って何のこと?

モノをミルとき、最も重要なことは、そのモノの「中心」を把握することだ。

どんなモノにも、中心と、周辺がある。

それだけなら、別に、驚くことでもなんでもない。

マンダラが教えてくれるのは、ここから先です。


例えば、マンダラの「周辺セル」は、
すぐに「中心セル」となって、「周辺セル」を持ってしまう。

「中心セル」も、また、いつの間にか
「周辺セル」の1つになっている、こともある。

ここから、
分かったツモリだった「中心」や「周辺」が、分からなくなる。


いろいろ考え、整理した結果、

■ 中心は、周辺によって創られている

■ 周辺は、中心によって創られる

ということが、分かってくる。

世の中を見渡せば、なるほど、すべては「そうなっている」。


ここまではリクツです。


現実に、私たちが、モノを考えるとき、
中心を、どうつかんでおいたらいいのか?

言葉を換えれば、中心をつかんだ思考とは、どういう思考か?
を理解しておかなければならないのです。

つまり、何かを「考えよう」とするとき、
今、自分は、何を考えようとしているのか、を、
しっかりつかんでおけるか? ということです。

そこで、

「マンダラの中心セルとは何か?」

という問いが生まれ、そのマンダラは、こんなふうになる。

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まず、中心セルのココロは「問いごころ」です。

その「問いゴコロ」によって、マンダラが、開かれる。


例えば、中心セルに「ご飯」と書いた、としよう。

そのときの「ココロ」は、単純に、
「何を食べようか?」 ということだったかも知れない。

けれども、私たちのココロは、さまざまな想いで揺れていて、
ちょっとしたはずみに、ココロのニュアンスを、変えてしまう。

コレを考えていたはずなのに、いつの間にか、アレを考えていたりする。

その「振れ幅」、変化する相を、予測しておくことで、
この「振れ幅」を思考の技術にしてしまうことが出来るのです。


例えば、この「ご飯」を考えるときも、
どの中心セル(周辺?)で考えるかで、
その「考え」が、どんなふうに違った展開になるか?
考えてみると、面白い。

四角四面に、理屈っぽく見えるマンダラが、
意外に、感覚的な、柔らかいものだということが分かる。

いえ、柔らかいのは、人間のココロです。

ココロさえ柔らかければ、
マンダラは、どんなふうにも使えてしまう、のです。
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