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「主体的・対話的で深い学び」って何だ6 [企画・思考]

「主体的・対話的で深い学び」って何だ6

最終型ができたところで、これを5Wマンダラに重ねてみる。
スライド4.jpg
こんな感じだ。
縦軸は、何かに興味・関心を持って学び、新しいことを創造することに向かう。
横軸は、そのためには時間的な見通しをもって粘り強く取り組み(繰り返し考え)
ときにふり返りながら持続することが大切。
そんなふうに読み取れる。
その際に、学びを円滑に進めるための条件として浮かび上がって来るのが、
ななめ軸に示されたことだ。
即ち、過去のデータ、情報、知識、知恵、智慧の閲覧と(それらを有している)
他人との交流だ。
さて、最も大切な中心は何かということが残されている。
それは、何が人間の学びを創造へと向かわせるかということだろう。
それは5Wマンダラと重ね合わせた時に既に明確になっている。
中心はあくまでもWhoだ。ここでは、自分だ。
つまり、自分にとって学ぶ必要があることなのである。
必要なことを必要なところから学び始める、これでいいのだというあたりまえの
ことに改めて気付くのである。

「主体的・対話的で深い学び」って何だ5 [企画・思考]

「主体的・対話的で深い学び」って何だ5

「主体的・対話的で深い学び」について考えている。
マンダラの最終型はこれだ。
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ここまで整理して、自分なりにはわかった気がする。
では、「主体的・対話的で深い学び」のマンダ(中心)は何かと言われれば、
回転(サイクル)と繰り返しなのだと私は思った。

以前にも書いたが、中山正和氏は、問題解決の方法は一つしかないと言い切られている。
次のプロセスだ。
一、真実の情報「データ」をたくさん集めること。
二、このデータをもとにして正しい推論をすること。
三、推論が行き詰まっても放棄しないこと(問題が解決しなくても諦めない)。
四、「たとえ話」をしてみること。
五、荒唐無稽な仮説も立ててみること。
まさにこのことを言っているのだと、私は感じた。

それにしても、自分なりにマンダラに整理してみないと、どうもわからないと
思うのは私だけだろうか。
解説のそのまた解説がないとよくわからない学習指導要領。
そう感じるのは私だけ・・・。

「主体的・対話的で深い学び」って何だ4 [企画・思考]

「主体的・対話的で深い学び」って何だ4

「主体的・対話的で深い学び」について考えている。
最後は「深い学び」だ。
これも、マンダラを使い、私なりの「整理」をした。
最終型がこれだ。
スライド2.jpg
縦軸は「各教科等の特質に応じた『見方・考え方』を働かせ(新しい何かを)創造すること」
なのだと考えた。後は、それを実現するための条件だと思った。
キーワードは「創造」だ。
私が師と仰ぐ今泉浩晃氏は、1987年に「メモ学入門」を出版された。
そこには「創造性を高める メモ学入門」と書かれている。当時すでに、創造性を高める
具体的な方法論を今泉氏は提起されていたのである。
40年の時を経て、中央教育審議会は、ようやくそこに至ったとは言い過ぎだろうか。
いずれにしても、創造することが大切だと言っているだけでは何も始まらない。
具体的な方法論を構築し、誰もが「創造性」を発揮できるようにすることが大切だと、
私は改めて思う。





「主体的・対話的で深い学び」って何だ3 [企画・思考]

「主体的・対話的で深い学び」って何だ3

「主体的・対話的で深い学び」について考えている。
考えているというよりは、定義を自分なりに読み切ろうとしているといった方が
正しいかもしれない。
残念ながら、前回の3つのマンダラを繰り返し眺めても、
「主体的・対話的で深い学び」って結局何をすることなのということが今一つ
私にはぴんと来ない。
そこで、原点に立ち戻り「主体的・対話的で深い学び」というフレーズをみてみたい。
前半部分には「・」があることに気付く。
これは、ある指導者によると、互いに重なり合うベン図のようなイメージだという。
つまり、主体的と対話的は完全に分離できるものでなく、一部が重なり合う一体的な
ものなのだそうだ。
というわけで2枚のマンダラを重ねてみた。
スライド4.jpg
どうだろう。こうすると何をすることなのかが縦軸に見えて来る。即ち、
「興味・関心を持ちながら見通しを持って粘り強く取り組む(考える)こと」だ。
また、縦軸以外のことから、その際に周囲の人から学んだことを手掛かりとすることや
ふり返りを入れることも忘れてはならないと言っているのである。
肝心の何に取り組むかは、今一つはっきりしないのであるが、
「学ぶこと」「自分のキャリア形成の方向性」がヒントになるだろう。
つまり、「生涯を通して学び続けること」「自分の夢や大きな人生目標」ということに
なろうか。
私なりの解釈で創り上げたマンダラがこれだ。
スライド1.jpg
私なりの「整理」である。

「主体的・対話的で深い学び」って何だ2 [企画・思考]

「主体的・対話的で深い学び」って何だ2

ただ、書き写したマンダラがこれだ。
スライド1.jpg
スライド2.jpg
スライド3.jpg
どうだろう。
これらをじっくり眺めると、「主体的・対話的で深い学び」の正体が見えて来るよう
に感じるのは、私だけだろうか。

「主体的・対話的で深い学び」って何だ1 [企画・思考]

「主体的・対話的で深い学び」って何だ1

今泉浩晃「メモ学入門」p.78〜p.79にはマンダラのスタートアップマニュアル
ともいうべき方法が示されている。
テキストをただマンダラ上に書き写すという方法だ。
これが意外と強力だということが、やってみればわかる。
何だかわかりそうでわからない「主体的・対話的で深い学び」ってやつで試して
みる。

中教審答申の次の文章を使う。
○ 「主体的・対話的で深い学び」の具体的な内容については、以下のように整理する
ことができる。
「主体的・対話的で深い学び」の実現とは、以下の視点に立った授業改善を行うこと
で、学校教育における質の高い学びを実現し、学習内容を深く理解し、資質・能力を
身に付け、生涯にわたって能動的(アクティブ)に学び続けるようにすることである。
① 学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、
見通しを持って粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる
「主体的な学び」が実現できているか。子供自身が興味を持って積極的に取り組む
とともに、学習活動を自ら振り返り意味付けたり、身に付いた資質・能力を自覚し
たり、共有したりすることが重要である。
② 子供同士の協働、教職員や地域の人との対話、先哲の考え方を手掛かりに考える
こと等を通じ、自己の考えを広げ深める「対話的な学び」が実現できているか。
身に付けた知識や技能を定着させるとともに、物事の多面的で深い理解に至るため
には、多様な表現を通じて、教職員と子供や、子供同士が対話し、それによって
思考を広げ深めていくことが求められる。
③ 習得・活用・探究という学びの過程の中で、各教科等の特質に応じた「見方・考
え方」を働かせながら、知識を相互に関連付けてより深く理解したり、情報を精査
して考えを形成したり、問題を見いだして解決策を考えたり、思いや考えを基に創造
したりすることに向かう「深い学び」が実現できているか。
(平成28年12月21日、中教審答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援
学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」p.49〜p.50より
→太字はルーディメントによる)

残念ながら、この文章を読んで、私の場合「はい、はい、わかりました」とはならない
のである。正直、わかりそうでわからない呪文のように聞こえてしまうのだ。
これが、趣味の世界なら、読み飛ばすこともできるが、新学習指導要領の大きなトピック
ということなので、いやでも読まなければならないのである。
が、マンダラを使って次のように「書き写す」だけで、「主体的・対話的で深い学び」
が見えて来る。少なくとも私はそう感じるのだがいかがだろう。(つづく)