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「孤独の戦士」 [その他]

「孤独の戦士」
この曲に私はネット上の音楽サイトで偶然出会った。
バイオリニスト式町水晶さんのメジャーデビューアルバムのトップに
ある曲である。
初めて聴いたとき、何故か自然と涙がこぼれた。
その後も何度も聴いたが聴くたびに涙がこぼれるのである。
その理由は、彼を育てた母、式町啓子さんの手記
「脳性まひのヴァイオリニストを育てて~母子で奏でた希望の音色~」を読んで
いっそう明らかになった。
 

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考えるために「思考」ツール「マンダラート」を使う [企画・思考]

考えるために「思考」ツール「マンダラート」を使う

野中先生のブログ「風にふかれて」に、マンダラートが紹介されていた
道徳の教科書にも取り上げられた大谷翔平選手のマンダラートもまた
紹介されていた。
私はたまたまマンダラートの創始者、今泉浩晃氏の著作「メモ学入門」と
出会ったため、30年ほどマンダラートを使ってきた。
結論から申し上げると、野中先生と同様マンダラートによって考えるとはどういう
ことなのかが自分なりにわかったのである。

では、私がなぜマンダラートに着目したのかをお話したい。
 

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新学期のあたりまえを見直す 4 [企画・思考]

新学期のあたりまえを見直す 4
子供が指示に従わない
「黄金の3日間」という言葉がある。
この期間は、ほとんどすべての子供が、先生の言うことを聞く。
なぜなら、クラスがかわりみな何らかの希望を抱いてスタートするからだ。
担任は、まずクラスのルールを確立すべく、努力することになる。
しかし、そのような状況にあっても先生の言うことを聞かない、指示に従えない子が
出ることがある。
「黄金の3日間」が通用しない、あたりまえにならない子がいるのである。
そんな子をどうするか。
一言で言うなら「しかけて環境を変える」。私ならそうする。
 

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新学期のあたりまえを見直す 3 [企画・思考]

新学期のあたりまえを見直す 3

「音読が足りない」
長年現場にいて、最近特に感じることだ。
読み・書き・そろばん、という言葉は今でも基礎・基本の筆頭であるべきだ。
私はそう考えている。
読めなければ始まらないのである。
そのことを強く主張されたいたのが、あの岸本裕史先生だ。
私が就職して3年目の夏。岸本先生の講演を聴く機会を得た。
衝撃的な内容だった。
「『ゆとり』の時間が学習指導要領に記されたが、そんなものに惑わされては
いけません。私の場合は『ゆとり』の時間は『先生のの時間』です」
「とにかく、先生の言うとおりに基礎・基本を鍛えなければだめなんです」
そのようなことを繰り返し強調されていたのである。
そのときに伺ったのが、音読のお話だった。
「最近は、夕方になっても家々から子供が音読する声が聞こえてこない」というお話
だった。
4月、私はどの教科でもしつこいくらいに子供たちに音読させることをお勧めしたい。
なぜか。
次のようなことがわかるからである。
・すらすら読めるか。
・自信をもって読めるか。
・大事な言葉を捉えているか。
・持久力があるか。
・はっきりと読めるか(呼吸)。
・合わせようとしているか(斉読の場合)。
・伝わる読みをしているか。
・・・
私の妹の授業参観で実際にあった話である。
歴史の授業を子供たちが受けていた。
「坂上田村麻呂」を音読する場面があったそうだ。
指名された子は、「さかのうえの・たむらまろ」と読めずに、先生が何度も
「さかのうえ」が苗字で「たむらまろ」が名前ですと説明しても、
「さかのうえの・たむら・まろ」と読んでしまい教室中が笑いの渦に包まれた
というのだ。
その子にとっては坂上も田村もともに苗字という理解だったのだろう。
その子の名誉のために書いておくが、その後、近くの友達が丁寧に教えて
どこまでが苗字かわかったそうである。

4月。
どれほど、音読をさせているだろうか。
一人ひとりがどれくらいの難易度の文章をどれくらい読めているか、
特に意味理解がどれくらいできているか、丹念に一人ひとりの音読から教師は読み取る
必要があるのだと思う。
まず、音読を。
もっと、音読を。
繰り返し、音読を。
毎日、あたりまえのように音読しているクラスはそれを見直す必要はないと思うのだが。



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新学期のあたりまえを見直す 2 [企画・思考]

新学期のあたりまえを見直す 2
整理・整頓。
これらを指導するのはなかなか難しいと私は思う。
が、おそらく全国の多くの学校で、これらが通知表の項目にあげられている
のではないかと思う。
まず、整理と整頓が一緒でいいのかという問題。
辞書にあたる。
整理
① 乱れているものをそろえ、ととのえること。 「引き出しを-する」 「論点を-する」
② 不必要なものを取り除くこと。 「小枝を-してから生ける」 「人員-」
③ ー略ー
(大辞林3版)
整頓
物事をととのった状態にすること。 「整理-」 「道具類を-する」
(大辞林3版)
これでは、違いが鮮明にならないと思った。
整理については、今泉浩晃氏が「メモ学入門」でマンダラを使い説明されている。
それについて私が書いた記事があったので、紹介しておく。
要するに、
整頓は見た目の美しさ。
整理は、不要なものをすてて、秩序立てて短時間で取り出せるようにすること。
そんな風に私は整理した。
整理・整頓はその両方が要求されるのだから、奥が深い。
各学年の目標も、当然変わるはずだ。
具体的に何を教えるか、そしてどう身につけさせるか、である。
「新学期のあたりまえを見直す」ことはこんなところにも潜んでいるのだと思う。

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新学期のあたりまえを見直す 1 [企画・思考]

新学期のあたりまえを見直す 1
「馴質異化」という言葉がある。
見慣れたものを見慣れないものにすることだそうだ。
既に知っているもの・ことを新たな視点からみることで新しい着想を得る、
そのようなことだと思う。
教師もベテランになればなるほど、このことを肝に銘じておく必要があるのかも
しれない。慣れると、様々なことを無意識のうちに「自分の習慣として」進めて
しまう。「暗黙知」とか「非陳述記憶」などのメカニズムについては、改めて学び
直しておきたい。
具体例を挙げる。
新学期、いろいろな手紙を配布するだろう。
例えば、これを
・先生が配る
のか
・児童一人一人に取らせる
のかということだ。
先生が配ることが、あたりまえになっている。
あるいは、そのことしか頭にない場合は、二つ目の選択肢は自然と除外される。
問題は、二つの方法のどちらがベターかということだ。
あるいは、第3の道があるのかということだ。
いずれにしても、先生が配ることがあたりまえということでは、
馴質異化にはならないのである。
馴質異化は、創造性の技法だそうだ。
教師がまず創造性に目を向けることなしに、新学習指導要領にある、
「豊かな創造性を備え持続可能な社会の創り手となることが期待される児童」
の育成は難しいのではないか。私は常日頃そう考えている。
さて、問題はさらに具体的な方法をどうするかだ。
児童一人一人に取らせるは、方法ではあるが、一つの方向でもある。
一人一人に素早く取らせるための方法を具体的に考えるのである。
あるいは、子供とともに考えたり、子供に考えさせるのも学年によっては面白い
かもしれない。
私の経験では、一定のトレーニングを積むと、教師が配布するよりも子供に取ら
せた方がはるかにはやくなる。特に、配布する手紙が複数あるときはなおさらだ。
・「1分以内で全員が取り終えます」と指示を出す。
・取る順番を予め決めて、流れるように次々と取らせる。
・人同士がぶつからないように、もどる方向も決めておく。
・取ることに集中させる。
・・・
など、具体を考えることがあたりまえを見直すことにつながると思うが、どうだろうか。

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今すぐ、日常授業改善を!!!4 [企画・思考]

今すぐ、日常授業改善を!!!4
ここまで言われても
野中先生の主張をお読み頂けただろうか。
とにかく、一言で言うなら強烈である。
どこがといえば、この部分だ。
「多くの教師たちが、崖から転げ落ちていて、どう着地すればいいかと不安と
心配に苛まれている。そんなときに、相変わらず崖から落ちないようにするには
どういう柵を設ければいいかとか、落ちない予防策はどうすればいいかなどの議論を
している。」
私が、若い教師なら野中先生に食ってかかるかもしれない。
「えっ、先生。私は毎日真剣にやっています」「なんで崖から転げ落ちていてなんて
おっしゃるのですか・・・」と。
残念ながら、このへんの危機意識を持っている教師が現状非常に少ないというのが、
現実かもしれない。
一つだけ、例を挙げる。
「アクティブラーニング」だ。
文科省はここで「主体的で対話的な深い学び」と言い換えた。
厳密に言うなら文科省が言い換えたのではないだろう。
このへんも興味深いところではある。
いずれにしても、この二つの違いをもっと現場人にもわかるように誰かがきちんと
説明すべきだと、私は思う。
説明するためには、まず両方とも正確に定義しなければならい。
私はそう考えている。
例えば、アクティブラーニングを語るなら(株)アクティブラーニング社、
羽根拓也氏の主張に耳を傾けなければならないだろう。
羽根さんがアクティブラーニング社を設立されたのは、
1997年(Wikipediaによる)だ。
もう、20年以上も前のことなのである。



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今すぐ、日常授業改善を!!!3 [企画・思考]

今すぐ、日常授業改善を!!!3
繰り返し、読もう!野中先生の主張を!
2月10日。
「味噌汁・ご飯」授業研究会第1期の解散セミナーが行われた。
そして、僭越ながら、私が「味噌汁・ご飯」授業研究会第2期を引き継ぐことに
なった。
まだ第2期は何も動きを作れていない。
構想は山ほどあるが、日常性を担保できないものは、現場では役に立たない。
これが野中信行先生の大切な教えの一つである。少なくとも私はそう思っている。
だから、ここはじっくりと考えたい。
ただし、ゆっくり急げだ。

野中先生が「味噌汁・ご飯」授業についてブログでまとめをされていた。
昨年の9月から10月にかけてである。
PDFファイルにまとめてみた。
是非、「味噌汁・ご飯」授業に興味がある全ての先生方に繰り返し、これを読んで
いただきたいのである。
再び「味噌汁・ご飯」授業.pdf
くどいようだが、繰り返し・・・である。
なぜ、繰り返しか。

それは、今必要なことは「意識改革」ではなく、「無意識改革」だからだ。
私はここにずっと気付かずにいた。
日常授業改善は先生方の意識改革で進められると勘違いしていた。
しかし、習慣化された日常授業は「無意識」のうちに進められていくのである。
つまり、無意識のうちに進められていく日常授業をメタ認知するなどして、
意識上にあげるということがどうしても必要なのだと考えている。

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今すぐ、日常授業改善を!!!2 [企画・思考]

今すぐ、日常授業改善を!!!2
学校に与えられた授業準備時間について考えてみる。
中央教育審議会が出した「教員の1週間の勤務イメージ」をじっと眺める。
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それによると、「会議、打合せ、授業準備等」について毎日とれるのが16:00〜16:30の
30分間となっている。仮に、これを全部授業準備につぎこんだとしても。週あたりの授業
準備時間は150分である。週あたり仮に25コマの授業を担当すると仮定すると、
150÷28=6分となる。少なめに20コマと見積もっても、7.5分しかない。
また、職員の休憩時間45分は、どこでとるのだろうか。イメージ表の中にはなかなか見出
せない。給食、清掃、昼休みはいずれも指導の時間だ。
こうしてみると、中央教育審議会のイメージは45分の授業をするのに6分で準備せよという
ことだ。それが現実である。
ところが、ことはそう簡単ではない。授業はやりっぱなしでは済まないからだ。テストもす
れば、宿題も出す。その処理に必要な時間は準備時間とは別に必要なのである。そう評価に
要する時間だ。中央教育審議会のイメージでは、授業準備等の「等」にそれが含まれている
と考えるしかない。
今、45分の授業をするにあたり10分以内で準備する仕事術が求められている。
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今すぐ、日常授業改善を!!! [企画・思考]

今すぐ、日常授業改善を!!!
2012年日本標準教育研究所の調査結果につぎのようなものがある。
授業の準備についてだ。
それによると授業の準備について、「毎時間、しっかりと事前準備をしている」と
答えた教師は、わずか6%であった。
ちなみに、「必要な単元については、しっかり準備している」が30%であった。
もっとも多かったのは「十分とはいえないが、前日には準備を終えるようにしている」
の37%であった。
5年たった今、現場の状況は当時よりも改善されているだろうか。
ほぼ100%の教員の方々に「ノー」と合意していただけるのではないだろうか。
今、現場に必要なことは、日常授業改善の具体的方法を持つことだ。
前回再掲したセミナーでは日常授業改善の具体が中心になるだろう。
敢えて私の考えを述べる。
今「日常授業改善」(「味噌汁・ご飯」授業)に本格的に取り組み始めること
しか、現場が生き残る道はない。
日本標準教育研究所の調査結果が正しければ、5年前から94%の教師が十分な準備を
しないままに日常授業に臨んでいたからだ。

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